散歩

燦燦と降りそそぐ、陽光がガラス窓を通して部屋を明るくしている。気持ちの良い暖かさである、エアコンの暖房や石油ストーブの暖かさなどとは比べ物にならない、太陽の陽射しの暖かさは、心まで豊かにするようでもあり、精神的にも気持ちが落ち着いてゆとりが出来たような気がするのである。太陽には人間に欠かせないさまざまなものを与えてくれている。それは当たり前といってしまえばその通り、人間太陽がなければ生きていけないのですからね、しかし、ただそれだけですかせられない、人間と太陽はもっと言い知れぬ深い因果があるように感じることもある。それはそれとして、暖かさに誘われて、午後1時ごろ散歩にいつもの公園にいってみましたが、人はまばらで閑散としていて、物寂しさを感じる光景でございます。広場の周りの植えられている木々も、落葉して枯れ枝になった木々がなお一層物寂しげである。人類始まって以来、木々は毎年それを繰り返し、春になると勢い良く枯れ枝から、若葉が萌えるように青い空に微笑んで、太陽に感謝をしている若葉たち。人間社会も栄枯衰勢といいますか、すると今は、人間社会も落葉の時を迎えているような気がしますね。世界のどの国々も経済的にも人間の心の腐敗も極限に近い様相でございますからね。しかし、希望はあります、また新たな若葉が出てくるように、人間社会も自然の道理に沿えば、今は冬の厳しい時なのでしょう、後何年すれば春を迎えるかは、わかりませんがね、希望すてない限り春は必ずやってきます。それまで、心の精進をするのが人の生き方なのではないでしょうかね、明るい日差しを浴びるには、心を善生へと磨くことが、太陽を昇らせるのでしょうからねえ。そんなことを思いながら公園を散歩していましたがね、毎年いまごろは、子供たちも学校が休みになって、凧揚げや家族でボウル投げをしたりもっと賑わっているのですがね、今年は休日というのに寂しい光景です。来春はどんな太陽が昇るのでしょうかね。

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