めがさめ

めがさめて何時だろうとテレビをつけたら午前5時少し過ぎあたりでございました。テレビを見るでもなくニュースの声だけ聞いていて、たまにチラリとテレビの時間をみたりしながらいましたらねえ、なんとなく目まいのように、体が不安定になって、気持ち悪くなるような感じで、これはなんだろうと今までに経験したことのない様子に自分でも不安になりましてねえ。                                                                   とうとうきたのかこのまま脳溢血とかで寝たきりか、もしかすると死ぬかもしれないのかと考えたりして、しばらくそっと体をそのままにして静かにしていましたら、おさまって来て、これならおきられそうだと思いましてね。                                                                                今日は妻が早出の出勤ですから、妻も着替えて出かける用意を始めています、自分はその妻の支度をしているのを見ていましたら、また体の方向感覚が少しなくなり、少しからだがゆれましてねえ、あれまたきたと思いましてねえ、妻にそのことを言うと、血液が濃くなっているんじゃないかというんでございます、1度病院で見てもらったほうがいいかもしれないといいましてねえ、とりあえず妻を駅まで送って、帰ってくると今日は娘が、友達の結婚式に呼ばれていて早く出かけるといって、用意をしている、どこまでと聞くと四谷の方までといっていましてえ、娘は昨晩12時過ぎに帰ってきて、あまり寝てないのじゃないかいと言うと、そう、と返事をしましてねえ、友達だから仕方ないといった具合で、娘も結婚をしたいので、きっと心の中では、うらやましくて仕方ないのでしょうがねえ。                                   娘を駅まで送って、帰ってきてから、朝からの体の調子が何時もと何か違うので、少し体を休めたりして、それから昨晩の残りのご飯で納豆をかけて食べてから、テレビを見たりして、あの体が「ふらっと」くる感覚がまた来ないかと思いながら、少し体を横にしていましてね、1時間ぐらいして、なんともないので、水分がたんないで血液の周りがわくるなってのことかと思いましてね、ミネラルウオーターを少しおおめに飲んで、パソコンのメールの処理をしたりしているともう昼過ぎになって、また少しご飯に海苔と鰹節で食べましてね、ここのところあまり歩くのが少ないのかと思いましてね、少し散歩にと玄関を出ようとして靴を履こうとしましたら、またもや方向感覚がなくなり、体が「ぐらり」として玄関の壁に倒れこみましてねえ、あのジェットコースターに乗って頭がぐらぐらする感じでございます。                              散歩に行こうかどうしようかと迷いましたが、思い切って、公園を歩いたら少しは気分も晴れて、帰って家の中にいるよりいいかもしれないと思いましてね、まして家の中で倒れてそのまま意識がなくなったりしたら、だれもきずかずにそのままいってしまうかもしれませんしねえ、散歩の途中で倒れたらだれかしらきずいてくれますしねえ、そんなこと思いましてね、表に出ましたら、少々暑いぐらいなんですがねえ、少し強めの風があり、その風を浴びると何か体の異常なものを吹き払ってくれるような感じがしましてねえ、かえってその強い風が気持ちよく感じられて気分もよくなりました。                                                 公園では小さいお子さんが、水の流れるたまり場で、元気良く遊んでいます、芝草の大広場は数人の人が要るぐらいで、静かなものでその先に見える緑の森がいちだんと、森らしくなって、全てが緑におおわれてりるような爽やかな公園の模様でございます。空は青く白い雲に太陽がかかり、これほどの安穏な光景はないような感じすら受けましたねえ。                                                                     家に帰ってから少し横になって、晩の支度に取り掛からなければと、その後はあのたっていられないぐらいの気分は来ていませんので、このまま何事もなく持ってくれればと思いますがねえ、そうはいっても何時かは人間は死は免れないものですから、いつでもおいでという感じでございますがねえ。                                                       「生も死も 紙一重なり 何の保障もなかりしに ただひたすらに生き ただひたすらに死に向かい 生きるとは善の正義 死とは魔が悪に取り付かれしなり 悪は生きる屍(しかばね)なり 善に生きるを生きるというなり されば心を善に向上するは 生きることなり」生きるとは美しきことでございますねえ。



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