どんてん

どんてんの空模様に、やはり晴天がいい、空を眺めて気分が重くなる、そんな心の作用になってしまうのですから人間の心の頼りなさ、妻が明るくしていればこちらも、それを見てたのしくなる久方ぶりの妻の笑顔、ほっとしてこちらも楽しい気分になるんですからねえ。                                                     子供がいい加減な返事で機嫌が悪いと何かあったのかと心配してみたり、会社かどこかで何かあったのかとかんぐってみたり、そんなときはこちらまで機嫌が悪くなるんでございますから、どんなときでもドンとして周りに左右されない人にならなければいけないと思うんですがねえ。                                                                     この年になっても、周りの環境に「ふんどう」され自分なんでやんす。                        人の心ほど頼りないものはありませんねえ、今日の友は明日の敵、一寸先は闇とか言いますがねえ、これも心が変わることによって、環境も変わるので御座居ましょうねえ、子供の時分にずいぶんと親に悪態をついたり、何でこんな家に生まれたのかと悩んでみたり、16歳ぐらいのとき家出しても1年足らずで戻りましてね。                                        やはり親が心配になったり、自分がいないと母親がこまるだろうと思いましたからなんですがね、何しろ父親が家計を支える糧を取れない人で、左官職人で親方おやっていたんですがねえ、10人ぐらい使って、公共事業の下請けの孫請けみたいなことを請け負って、手形でもらっていたものが不渡りになりましてね、財産もろとも、職人もいなくなりすべてなくして、夜逃げ同然で人の家に間借り、8畳一間に家族5人暮らしでございました。                                父親は一匹狼で仕事探し、人に使われるのがやなたちでね、そんな具合ですから賃金も決まって入らず、家計は火の車、そんなもんでしたから、自分がわずか働いたお金を入れていたんですがね、それがやになって家を出ましたんですが、45年くらい前の話ですがねえ、今と同じで働くところも、中学でではろくなところもなく、一ヶ月働いて8千円ぐらいのものでございましたから、セイターを買うのにも丸井のローンでかいましてね、何か欲しいものがあっても、丸井はそのころからローンをやっていたんです、ローンでなければ靴も変えませんでした。                                                                 そんな両親もなくなって早15年くらい経ちました。一生は夢の夢と言いますが、過ぎ去ってみれば、どれもこれも感謝にたえません。みんな自分を育んでくれたのだと今では思えるんでございますからねえ。                                                              人間の心は変わるんですねえ、それが良く善のほうに変われば、世の中が有難く変わってくるんでございますねえ、今の経済不況も心が変われば、環境も変わるんでございますから、人の心を善の方向に変えることが最良の方法でございませんかねえ。                                                           偉人は申されております『心の世界は、いくらでも変化することを忘れるな!礼儀正しく、誠実に、心から粘り強さをもって接していくことが大切だ」と。                                                   困難にぶつかって、もうだめだと思ってもあきらめず粘り抜くなかに、心が変化して希望の方向に変わっていくのでございませんかねえ。今苦しんでいる人もあきらめることはありません、自分の心が善の心に変えて感謝の心になれば回りは変るのでございますからねえ。

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